大学生活

【4】

】、【】、【】、【4】、【】、【】、【あとがき

* 6 *

「山田さん、山田さん」
 肩を揺すられ俺は目を覚ました。
 受付の女性が俺を起こしたようだ。
「閉館ですよ。もう……、避暑地代わりに使うのはいいですけど、熟睡されては困りますからね。気をつけてくださいね」
 女性はそう言って受付に戻って行った。
 時計を見ると十七時を過ぎている。どうやら受付の女性が言うように熟睡してしまったらしい。
 もう図書館には誰もいなかった。
「ごめん、美咲ちゃん。寝ちゃったみたいだ」
 俺はまだ覚めきらない目を擦りながら美咲の方へと視線を移した。
 美咲は――
 小さな人形を両手で握っていた。
 その人形は見たところフランス人形のようだった。
 くるりと二つサイドに巻かれた金髪、丸い碧眼へきがんに小さな唇は、どれも色こそ違うが美咲のパーツによく似ていた。着せられている洋服は少し汚れているが美しいデザインだった。
「あれ……それ、お人形?」
 どうみても人形にしか見えないそれについて当たり前の質問を美咲にしてしまった。
「うん」
 美咲はいつものはっきりした返事をした。
 その顔は微笑んでいた。
 いつも無愛想な表情しか見せない美咲の違った表情に俺は驚いた。
「どうしたの? それ?」
 俺は尋ねた。
「いつも持ってるの」
 と美咲は言いながら、自分の小さな黄色い肩掛け鞄にそれをしまった。
「……。帰ろう」
 美咲は数秒停止したかと思うと、すっくと席を立ちながら言う。
「あ、うん。そうだね。帰らなくちゃ」
 俺は美咲に言われ席を立った。
 俺と美咲が読んでいた雑誌と絵本は、受付の女性が片付けたらしい。
 今立った席の上の灯り以外は消されている。あれだけ人がいた図書館は、俺と美咲だけになると別の空間に変わったかのようだ。
 受付の女性に軽く頭を下げ俺と美咲は外へ出た。まだ外は明るく蒸し暑い。コンクリートは昼間に吸い込んだ熱で暖かい。
 美咲は外へ出ると麦わら帽子を被りなおし、また俺のTシャツを握った。
「さっきのお人形可愛かったね」
 俺は美咲を見て言った。
「うん」
 美咲は明るい返事をして。また微笑んだ。
 その帰り道、俺は美咲と色々なことを話した。話したといっても俺からの簡単な質問形式だったので話したとは言えないかもしれない。それでも美咲はどの質問にもはっきりと返事をした。
 美咲はどうやら体が弱いらしかった。小学校も通ってはいるが一年生の頃から休みがちで今もあまり小学校には行っていないらしい。そして欠席日数が多すぎて学年がずれ込み、実際は四年生だということも教えてくれた。学校を休んでいたうえに内気な美咲に友達ができるわけもなく、いつも家で先ほどのフランス人形と遊んでいたらしい。
 俺も少し自分の大学生活のことを話した。浪人しているし友達はあまりいないんだと笑って言うと、美咲は微笑み返した。
 受付の女性が似ているといったのは顔じゃなく、もしかしたらお互いの雰囲気のことを言ったのかもしれない。
 小坂家の前に着いた頃にはもう十九時近くになっていた。
 お互い自然とゆっくりと歩いていためか予定より遅い到着となってしまった。
「じゃ、ばいばい」
 俺は美咲に言うと、美咲も、
「ばいばい」と返す。
 またいつもの無表情に戻っていた。その表情は、つい先ほどとは対照的に普段よりさらに険しくみえた。
 俺は家に入る。
 日中はサウナ状態だった山小屋は、夜は少し温度の下がったスチームサウナといったところか。熱に対してはスポンジのような吸収力をみせるこの家は、どうやら発散する力を持ち合わせていないらしい。少しでも熱を逃がすため玄関は半分開けておくことにした。
 唯一の窓も開放するべく俺は窓際に向かった。
 そのとき、玄関の方で鈍い音が二回した。
 一瞬何かと不思議に思ったが、もう二回鳴って俺は気付いた。どうやら玄関がノックされている。引っ越してきて以来初めての訪問者だったためノックと判断するまで数秒かかった。呼び鈴などというハイテクな装置がこの山小屋に備わっているわけがない。
「はぁい」
 俺は半開きの玄関に向かう。
 するとそこには美咲が立っていた。美咲は自分の足元を見つめている。少し深く麦わら帽子を被っている。
「あれ、どうしたの? 玄関開いているから別にノックなんてしなくてもよかったのに」
 俺は言った。
「お母さんが家を訪ねるときはノックをしなさいって」
 美咲はぼそぼそと呟いた。帰り道の微笑みをもう忘れてしまったかのように元気がない。
 そのとき、
「……て……しいの?」
 美咲は何か言ったが俺はよく聞き取れなかった。いつも小さな声だがはきはきと喋る美咲にしては珍しい喋り方だった。
 俺は聞きなおそうとすると美咲は、
「……大学って楽しいの?」
 もう一度言った。今度はよく聞き取れた。今はその大きな瞳でじっと俺を見つめている。泣き出しそうな表情だった。
 すると美咲は急に、
「わたしも大学に行きたい。大学に行ってみたい!」
 震えた声で叫んだ。その小さな手は鞄を握り締めている。
 俺は一瞬困惑した。突然の訪問と突飛な質問に答えが詰まった。
「あ……うん。楽しいよ」
 大学が楽しいなんて思ったことは一度もないはずなのに、俺は美咲の問いにそう答えた。
 美咲はその答えを聞いて、一瞬いつもの落ち着きを取り戻したような表情をしたかと思うと、自分の家に駆け出してしまった。
 俺はしばらく立ちすくんでいた。なんだ? どうしたのだろう……。帰り道で俺が大学のことを少し話したから興味を持ったのだろうか。それにしても、いつもの雰囲気とは違っていた。少し泣いているようにも見えた。何か俺に言いたかったのかな……。
 小坂家に行ってみようかと迷ったが、また今度会ったときにでも聞いてみようと思いやめた。
 その晩俺は適当に夕食を済ませ、何かくだらないバラエティー番組を見たが、内容はあまり頭に入ってこなかった。


続く


この作品は黒筆書房ホームページ開設記念に書き上げたものです。
連続小説でまだまだ続きます!
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とはいうもののまだ続編がありますので、もしよければまたお越しくださいね。
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