【6】
* 9 * ――あれから二週間が経った。
夏の暑さはさらに酷くなり、日中はとてもじゃないが山小屋にはいられない。
今日も俺は午前から図書館へ行くことにした。バスには乗らず歩いて図書館へと向かう。
数少ない街の避暑地のためか、相変わらずの混み具合だった。俺は受付の女性に軽く挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよう。今日も熱心ね」
磁気カードで図書館の中に入る。
空いているいつもの席に座る。この席は本当に暑い。無意味だとわかっていてもとりあえずカーテンを引く。
本棚から数冊の辞書と、一冊の絵本を持って席に戻る。今日はトカゲが表紙の絵本を選んだ。
リュックから筆箱を出し大学ノートを開く。
そして、フランス人形も取り出し絵本の前に座らせた。
金髪碧眼 のその顔は、カーテンから漏れる光と影の揺らぎのせいで微笑んでいるように見えた。
俺は辞書を開き読み始めた。
――美咲はもう自分の命が長くないことを知っていたのかもしれない。
大学生という年まで生きることなんてできないと悟っていたのかもしれない。
いつか美咲は俺に聞いた。
「大学って楽しいの?」
今となっても楽しいかどうか自分にはわからない。ただ少なくとも有意義に過ごさなければいけないという強い意思が俺には生まれた。ただ毎日をだらしなく生きている自分が馬鹿らしくなった。
俺の大学生活は、まだ始まったばかりだ。
図書館は涼しく、熟睡している学生が多い。夏休みのため今日も小学生が多く、図書館は賑やかである。
「さてと……」
数時間後、俺は辞書と文房具を片付け、絵本を棚に戻した。
フランス人形を優しくリュックに戻す。
受付の女性に別れの挨拶をして図書館ホールから出た。外に出ると容赦なく強い日差しが体を射した。この一瞬は少し冷えた体にとっては嬉しい瞬間である。
俺は時計を見てから、
「のんびりしすぎたかな……」
小走りで、大学の夏期講習へと向かった。