大学生活

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】、【2】、【】、【】、【】、【】、【あとがき

* 3 *

 大学生活が始まり数週間が経った。
 住めば都という言葉があるが、山小屋暮らしも思ったほど苦ではなかった。一人暮らしでもやや狭く外温調節の問題はあったが、家賃の安さが山小屋を都にしていた一番の原因だった。
 パソコンが欲しかったがお金が無いので、小さなテレビや冷蔵庫だけを買い揃えた。電話も一応線を通した。携帯電話を持っていたがほとんど使わないし、使用料が高いので解約した。
 家での生活は軌道にのってきたが、大学生活はうまくいかなかった。
 もともと社交的な性格ではないうえに、二浪している俺は大学ではいつも独りだった。なかには話しかけてくる奴もいたが、すぐに離れていく。どうやら俺をまとう空気は人を遮断する性質があるようだ。
 別に友人なんていらないと思っていたし、独りが何より楽だった。
 大学に入学したが目標などなかった俺は、早くも講義をサボりはじめていた。高校時代からこんな性格なため独りでだらだらするのは慣れている。
 なんで自分は大学に入ったのだろうと考えると、それは世間体の問題だったのかもしれないし、親への些細な反抗だったのかもしれない。
 今日も午後の講義をサボり、家でごろ寝をしている。
 自分で稼いだお金で入った大学を中退するわけにもいかないが、勉強をする気分にもなれない。
「くそ……」俺は悪態をついた。
 自分が憎らしかった。これではまた同じことの繰り返しだ。少し気分転換をしようと買い物へ行くことにした。
 部屋着のまま外へと出る。俺は普段着も部屋着も無地のTシャツにジーパンしか着ない。別にポリシーなんて格好いいものではなく、単に面倒くさいからだ。
 外にでると小坂さんが掃き掃除をしていた。今日は少し風が強く、彼女の掃いた塵はまとまりをみせない。
「どうも」俺は簡単に挨拶をする。
「あら山田さん、こんにちは。大学は? あれ? いま講義じゃないのかい? 今日は休み?」
「えぇ、まぁ、買い物に行こうかと」
 相変わらずの質問攻めのため、俺は素っ気無く答える。
「ふぅん、そうかい。そうだ。買い物に行くのなら美咲も連れて行ってあげてくれないかい?」
 掃き掃除する手を止めて俺に言った。
 ――美咲ちゃんか。そういえば引っ越してきた日以来見ないな、と思いながら、
「はぁ、買い物ですか」
 間をつなぐ返事をする。
「美咲! 美咲ぃ! 山田さんと買い物行っておいでー!」
 小坂さんは玄関に顔を突っ込み、もう娘を呼んでいる。
「あの、まだ連れて行くとは……」
「あの子、内気でね。あまり外も出ないのよ。ほら、山田さんのこと気に入ったみたいだからさ!」
 いつか聞いた台詞だ。別に気に入られるようなことは何もしていないし、それは母親の勘違いではないのだろうかという疑念を抱いていると、美咲が外に出てきた。
 大きな真っ赤なリボンに白いワンピースの姿は初めて見たときの格好そのままだった。違うところというと小さな黄色い肩掛け鞄を肩からさげていることだった。
「じゃ、いってらっしゃい!」
 小坂さんは笑顔で手を振る。
「ん、じゃ、行こうか美咲ちゃん」
 仕方なく俺は美咲と買い物に行くことにした。
 子どもは嫌いでも好きでもなかった。一人っ子で友達も少なかった俺は、年下の子どもと遊ぶ機会がほとんど無かったからだ。
 美咲は確か小学三年生か……。それにしても小さいな。色も白いしあまり元気もない。
 そんなことを考えていていると、突然美咲は俺のTシャツを引っ張った。
「ん、何?」
「お母さんが外を歩くときは手をつなぎなさいって」
 美咲はゆっくりとよく通る声で言った。
 そうは言いながらも掴んでいるのは俺のTシャツである。身長差があるため、手の代わりにTシャツを掴んだというわけか。
「そうか。じゃあそういうことならいいよ」俺は言った。
 俺は美咲と大学の近くの生協まで行くことにした。家からは二十分ほどで行ける距離にある。到着するまで、美咲は黙って俺のTシャツを握りしめていた。
 必要最低限買い物を済ませ外に出て、いま来た道を戻る。その間も美咲は特に話したり自分の買い物をしたりするわけでもなく、ただTシャツを握るだけだった。
 家の前まで戻ってきて俺は、
「じゃあ美咲ちゃん、ばいばい」
 と言うと美咲は、
「ばいばい」
 そう言ってすぐさま家に引っ込んでしまった。
 なんだか不思議な子だな、と俺は首を傾げながら家に入る。
 引越しの荷物はまだ片付いておらずダンボールに入ったままの荷物も多い。誰かに注意されるわけでもないし、必要なときに取り出せばいいと思い片付けていない。
 一つの大きな閉まりきらない窓からは隙間風が入り込んでいる。外も中も気温はあまり変わらないし、ひゅうひゅうとうるさいので半分開けておくことにした。
 小坂家の二階の電気はまだ夕方なのに消えていた。
 その晩、俺は大学の勉強をした。
 自分でもなぜ勉強する気になったのかはわからない。小一時間ほど勉強をしただけだが、俺としてはこんなに集中できたのは珍しい。
「美咲ちゃんとの買い物がいい気分転換になったのかな……」
 そんなことを考えながら、俺は久々に使った脳を休めるため早めに寝ることにした。


続く


この作品は黒筆書房ホームページ開設記念に書き上げたものです。
連続小説でまだまだ続きます!
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とはいうもののまだ続編がありますので、もしよければまたお越しくださいね。
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