【4】
* 6滴の分解 * 家に着き、僕はとりあえずテレビを付けた。
面倒くさいことを引き受けてしまったかもしれないと、少し後悔した。どうして僕が香澄のためにてるてる坊主を作らなければいけないのか、それに千個とか言っていたっけ……。そんなに晴れて欲しいのか。そう考えながら窓際に向かった。
飾られた三体のてるてる坊主がそこにある。いつも一体は小さい。きっと僕のことだろう。残りの二体が父さんと母さんだ。
外はすっかり雨が上がって日が出ている。少し気温も暖かい。霞が晴れても、ここから森の中に神社は確認できない。
僕はなんとなく吊るされたてるてる坊主の小さい一体を下ろし、手にとった。
無意識に紐を解き一枚の布と紐、丸められた新聞紙に戻した。
こんなもので天気が晴れになるとは思えない。そんな魔法があるのなら、誰でもやっている。
それでもこうしててるてる坊主を吊るすのはなぜだろう。
父さんが吊るしたところで行事が晴れ続きだったわけでもない。結局、人は何かにすがりたいだけなのかもしれない。晴れて欲しいと願いながら丸めこまれた気持ちが、お天道様にでも届くのかもしれない。
すると、魔法とも言ってもいいのではないだろうか、と一瞬の無駄な思考が浮かび、微笑する。
香澄はまた神社に来て、いつでもいい、と言っていた……。
来週から学校では試験が始まる。少し落ち着いてから、もう一度行ってみよう。目の前で形になったてるてる坊主を作って見せたのだから、しばらく間を置けば自分でもある程度は作っているだろうと考えた。しかし、大量に作ってどうするのか、近所の子どもにでも配るのかもしれない。
そんな思考とは無意識に、分解された部品から、またてるてる坊主を作り上げた。
やはり父さんのそれに比べると、まだ少し丸が歪んでいた。
* 7滴の材料 * 「霧原! はい、転校生なのだからもう少し頑張ってみんなに良いとこ見せないとな。次回からがんばれよ」
最後の試験の数学の答案が先生から返された。学校は試験週間が終わり、返却週間に移った。六月も今日で終わりだ。勉強が得意でも苦手でもない僕は、いつも中間の点数を取ることしかできない。
たった今返された数学は、どちらかというとできない教科に分類される。
転校生が百点でも取れば、一躍クラスの人気者にでもなれるのだろうか。たとえそうであっても、僕にとってはあまり意味が無い。どうせまたすぐ転校することになるからである。
教室の席から外を見る。数日だけ顔を見せた太陽も、また照れるかのように厚い雲の陰に姿を消している。今にも雨が降りそうだ。
梅雨の中休みと、試験週間が重なったため、じめじめとした天気の中勉強をしなくて済んだ、と思うのが多くの生徒の考えかも知れないが僕は違った。
一定のリズムを鳴らす雨音は時として集中力を生む。僕は雨音で集中できるタイプの人間なのか、勉強する間でも梅雨らしい静かな雨に語りかけてもらいたかった。
今朝の天気予報では、予想が外れ梅雨前線は遠ざかりつつあるが、あと一週間はまた雨模様が続くと言っていた。
放課後になり僕は学校を出た。
またあの神社へ行こうと既に決めていた。数週間ぶりで、ずいぶん昔のことのように思えた。行かなくたっていいのだが、てるてる坊主を作ると僕から言い出してしまったため行かないというのは申し訳ない気持ちがしたからである。
雨の降り出しそうな曇天の中、僕は再び紫陽花の森を掻き分け、神社へとやってきた。
賽銭箱の上に布と紐が大量に置かれている。香澄が置いたに違いない。これだけの枚数があれば、てるてる坊主が数百体は作れそうである。
「いつここに来てもいいとは、こういうことか……」僕は呟いた。
材料はあるから、ここに来たら作れるという意味だったのだろう。そう思いながらも、僕は仕方なくてるてる坊主を作り始めた。太陽がまた顔を出し始め、この神社にも少し日が射している。晴れたり曇ったり、今日は変な天気だなと僕は思った。